道徳教育とは

道徳教育と道徳の授業は役割が違います。道徳教育は道徳性を養うために学校教育の全活動の中で行っています。例えば、廊下を走る子がいれば呼び止めて走らないことが小さい子や相手を傷つけないのだと諭します。いじめが起きれば「いじめは絶対に許さない」といじめの根絶に向けて諭します。これは上の図で言えば、目に見える外面的資質(道徳的行為・道徳的習慣)の部分に注目することが多いですね。一方で、道徳の授業は目に見えない内面的な資質(道徳的実践力)を育むために行うものです。道徳の授業は道徳教育の要と言えます。目に見えない水面下にある道徳性を道徳的行為や道徳的習慣につなげられるよう取り組むことが道徳教育の役割です。

道徳性とは何でしょうか

 
道徳性とは、人間としての本来的な在り方やよりよい生き方を目指して行われる道徳的行為を可能にする人間的特性であり、人格の基盤をなすものであると学習指導要領に書かれています。
道徳性とは、人間らしいよさであり、善悪の判断や礼儀・感謝あるいは規則の尊重や公共の精神といった道徳的諸価値が、一人一人の内面で人それぞれによって違った形で統合されたものともいえます。人それぞれ違うから考え方や行動にも違いが出てくるのです。 
人は一人では生きていけません。人は誰もが他者と共によりよく生きていきたいと願うものです。そう考えると、道徳教育が大切であるということは自ずとわかってきます。 そして道徳の授業がとても重要な役割をもっているということもわかってくるのです。

道徳の授業では何をするのか


道徳性を養いたいとはおそらく誰もが思うことでしょう。しかしこれも誰もが思うのは「そうは言ってもできないんだよなあ」という本音です。これを人間理解と言います。正しいことは知っているが行動を伴いにくいのが人間です。他者の言動を見聞きして反発を覚えたり共感したりします。そして自分との違いを考えます。これを他者理解と言います。さらに自分の本当の思いはどうなんだと自問することで自己理解が進みます。道徳的価値という前提のもとにこの3つの理解を促すことこそ道徳の授業で行うことなのです。それには「我を語ること」ができる自分であり他者であり集団であることが必要不可欠です。先生たちはそのために学級経営や教科指導及び生徒指導をしているのです。